私は探偵である。
本名は探田偵介48歳、紅白歌合戦は後半ごろから見始めるタイプ。気さくに探偵と呼んでほしい。
最近忘れかけていた気もするが、スマイルブームスタッフの素顔に迫るのが探偵の仕事である。たとえば読者諸君は、彼らの少年時代に興味はないだろうか? 何が原因で今のような大人になってしまったのか? 近年の犯罪プロファイリング研究によれば、犯罪心理の底に少年期のトラウマがあるケースも珍しくはないという。
幼少時のトラウマ体験を教えてもらおう
本当にシャレにならない話が飛び出すと探偵としても色々と気まずいので、「テレビ・映画・マンガ等の」という縛りで比較的浅めのトラウマ体験を探ってみた。
以下は匿名性を高めるため順不同による聞き込みの結果である。
証言A
「映画の『四谷怪談』はかなり怖かった」
『四谷怪談』は古今何作も映画化されているが、多くは40、50年前の映画である。テレビ放映されていたらしいが、証言者は当時あまりにも怖くて途中で席を立ったためどの映画なのか特定できないという。
証言B
「私は、『マックィーンの絶対の危機』が怖かったです」
別タイトル『人喰いアメーバの恐怖』原題『The Blob(ブロブ)』といえば、分かる者には分かるだろう。SFパニックホラー映画の怪作である。
「何より怖かったのが、殺人アメーバをやっと倒したラストで、お偉いさんのうっかりでまた復活しちゃうんですよ。それに気付いた瞬間に映画終わるの」
ホラー映画の定番ではあるが、たしかに子供心には怖い終わり方だった事だろう。ちなみにこれも'58年の映画と古いが、テレビの再放送だったらしい。
証言C
「映画だと『告発』……」
もう大人じゃん!(※'94年公開)
そもそも刑務所の劣悪な環境が題材とは言え、実話を基にしたヒューマンドラマだったはずだが。
「現実にこんな凄惨なことがって、ブルーになった」
ノンフィクションゆえの恐怖というところか。いい大人として正しい恐がり方……なのか?
証言D
「ローカルなんだけど、釧路動物園に続く道にあった交通安全の看板」
ローカルというか「釧路動物園に続く道」という説明が間違っているようだが、それより交通安全の看板がそんなに怖いものだろうか。
「子供の絵が描いてあって、セリフで『ぼくの足をかえしてください』って言ってる」
それはたしかに嫌そうだ。動物園に行くテンションも下がることだろう。
「昔のことだから本当にあったのかどうかも怪しいんだけど……」
こうした調査は探偵の仕事である。こころみにネットで検索したところ、目撃例は少ないがやはりかつては実在していたようだ。このネット上の目撃談が実は全部このスタッフ1人の書き込みだったというトリックが隠されている可能性も否定できないが、だとしたらそれはそれで恐怖体験である。
証言E
「マンガだと『ブラック・ジャック』の人面瘡の話が怖かったですね。そのページにセロテープで封をしましたよ」
近年アニメでもリメイク放映されたので、ご存じの読者もいるだろうか。シリーズの中でも怪奇性の高いエピソードだが、それにしてもテープで封印までするか。
証言F
「『ドラえもん』の『人間製造機』!」
広く愛される国民的作品の中にあって、きわだってホラー性が高く有名な1話だ。共感できる読者も多いだろう。
証言G
「白土三平の異色短編集の『サバンナ』とか『ドラ』とか……いま読めば幻想的というか悪夢的というか、文芸として楽しめると思うんですが子供でしたから……」
子供が白土三平の異色短編集を読む状況がうまくつかめないのは探偵だけだろうか。
証言H
「『ハクション大魔王』でカンちゃんの着けた仮面が呪いか何かで外れなくなるっていう回があるんですよ」
詳しくは不明だが、ネット情報からすると第33回「弱虫仮面売りますの話」だろうか。ほのぼのギャグアニメのハクション大魔王にそれほどトラウマの要因があるとは思えないが……。
「呪いの仮面かなんかで、顔から取れなくなってものすごく焦る場面が怖いんですよ。しかもなぜか再放送のたびにその回だけ目に入って、いつも途中で何か用事があって呪いが解ける場面を観れなくって、けっきょく怖い場面しか知らないんですよ!」
「再放送のたびに同じ回ばかり見ている気がする」というのはなぜか定番のあるあるネタだが、よりによってそれは嫌そうだ。
証言I
「『エスパードリーム2』が不気味で……」
なんだと!? と驚いても読者には伝わらないかもしれないが、1992年のファミコン用アクションゲームである。これといってホラーやスリルの要素が強いゲームではないはずだが……。
「キャラは可愛いのに、妙に雰囲気が重いというか。ダンジョンの色が暗かったせいもあるんでしょうけど。あと足跡が怖くって」
エスパードリームの「足跡」といって分かる読者は少ないだろうが、言われてみればあれは見方によっては怖いかもしれない。
証言J
「システムエラーが!」
うむ、ちょうど今画面にシステムエラーが表示されている(本当)が、OSのことはこの際どうでもいい。幼少期のトラウマ体験を聞こう。
「ゲームですけど、『ファンタシースターII』はトラウマものでした」
現在でもリメイクや復刻版で知られる、和製ロールプレイングゲーム黎明期の名作だが、ストーリーにはハードな展開が多い。少年期には受け止めきれないものだったのだろうか?
「いや、ダンジョンがやたら広くて何度も迷ったので」
そっちか。
証言K
「ドラクエで井戸をのぞくのは怖い」
そんなものだろうか?
「序盤でレベル足りないうちに『いどまじん』相手に全滅したせいで、以来井戸をのぞくたびにドキドキする」
テーマに沿っているのかどうか、そろそろ分からなくなってきた。だいたい、いどまじんが出てくるのは比較的最近になってからだし。
証言L
「近所に有名な心霊スポットがあったんですよ。しかもご近所の人が本当にそこで……」
生々しすぎてやや引く。
証言M
「あ、『ねないこ だれだ』」
前にもそんな話があった気はしたが、やはり怖ろしいものは怖ろしい。
証言N
「床屋に日野日出志のマンガが置いてあってね」
床屋や歯医者の待合室に置いてあるマンガは隠れた定番ホラースポットと言えるだろう。おそらく店主があまり考えずに古本をそのまま置くパターンが多いのだろうが、その品揃えはしばしば読者の心に傷を残す。
「そのマンガの最後がもの凄いトラウマで……」
これ以上の引用は重大なネタバレになるので差し控えるが、『地獄の子守唄』というタイトルを挙げれば何の事かお気づきの読者も多いだろう。探偵は彼の思い出にいささか同情した。
証言O
「具体的に何が原因かはわからないんだけど……自分が寝ているベッドの下でマグマが爆発するっていう恐怖がずっとあって」
それは、色々な意味で、ひどい。
これが新本格ミステリならば冒頭でトリックの鍵となる伏線として描かれる悪夢的恐怖だが。
証言P
「『小学×年生』か学研の『科学』『学習』だったかで、子供達が無人島に漂流した読切マンガがあって、ゲームブック形式なのね。それで『あっ、こんな貝が落ちていたわ!』とかいろいろサバイバル経験をしていくんだけど」
いわゆる「この貝を食べる→○○ページへ 食べない→△△ページへ」というタイプの、選択肢を読者が選ぶ形式のマンガである。付け加えるなら、貝毒にはくれぐれも注意すべきだ。
「その選択肢のたびに、失敗すると苦しむシーンを経由してかならず粗末なお墓のページになるんだよ。いまだにそのページだけは憶えてる」
ゲームオーバー画面はたしかに必要だが、何かあるたびにいちいち陰鬱な墓が目に飛び込んでくるというのはたしかに辛いかもしれない。
証言Q
「親に連れられて観に行った映画が『トラック野郎 爆走一番星』で」
それ、怖いか?
「その同時上映が『死霊のはらわた』だったんだよ……」
探偵は戦慄した。年代から察するに再映の結果生まれた組み合わせだったのだろうが、ひどい同時上映もあったものだ。
「それ以来ホラーは全部だめで、今でもそういう映画のCM見るだけでその日の夢に出てくるよ」
幼い日の恐怖体験はこんないい大人にまで、大人としてどうかと思うような影を落とす。
調査報告
- 子供にとってホラー映画や怪奇漫画は大敵である
- かと思えば、そういう意図でもない場面がトラウマになることもある
- とりあえずシステムエラーは子供より大人にとって怖い
いたずらに子供の心に傷を残させないのは大人の責任だろう。しかし純粋培養のように過保護に現実から目をそらせ続ける事や、作品性そして作家が込めた意図を無視する事がはたして正しい行為なのか、探偵には答を出すことができなかった。
苦い紫煙を吐き出しつつ(喫煙室で)、探偵は「そういえば昔の子供向け漫画誌は夏になると決まって納涼特集として恐怖漫画を掲載していたが、あれはやりすぎだったのではないか」と過去に思いをはせた。『次元生物奇ドグラ』とか『滅びの魔光伝説』とか。探偵も恐怖と無縁ではいられない。
檀上で坊主が説法。それもSPECIAL GUESTなのに。
デモラーがディスプレイで顔が隠れていることをいい事に、マウスカーソルで聴講者全員に催眠をあける。
首謀者はバックステージで、電源断の大元に手を携え会場を深い闇に襲いこむ算段をしていた。
どれも真実なので、笑えない。
くっそー、無難に成功しやがって...