私は探偵である。
本名は探田偵介48歳、テレビの将棋中継を好むが家族にすぐチャンネルを変えられる。気さくに探偵と呼んでほしい。
今回、探偵はあるスマイルブーム社員から直接の調査依頼を受けた。
私におすすめのマンガを教えて
依頼主は女性、けっこう地位が高い(探偵の守秘義務としてこれ以上は明かせない)。彼女はあまり漫画にふれない人生を送ってきたため、どんな作品が自分に合うのかもよく分からないという。
参考として今までに読んだ漫画で好きな作品を聞いてみたところ、『ガラスの仮面』と『よつばと!』という答えが返ってきた。どちらも傑作なのはともかく、このばくぜんとしすぎるデータから何を読み取れというのか。
探偵は秘密裏にスマイルブーム社員たちと接触し、情報を探っていった。
証言A
「そういうことなら、できれば規則正しく生きられるようなマンガをお勧めしたいんですけど……」
それはたしかに依頼人に不足しているものだった。では規則正しく生きられるような漫画とはなにか。
「『硬派銀次郎』とか」
集英社
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中学生で番長だけど、正しい生き方ではある。あまり参考にはならない気がする。
証言B
「『よつばと!』が好きなら……、『クレヨンしんちゃん』?」
たしかにどちらもパワフルな子供の日常を楽しむ漫画ではあるが、それだけのくくりだと意外と範囲が広くなるものだ。
証言C
「私はあまりマンガって読まないんですが……」
依頼人とよく似た境遇、とは言えるだろう。そんな彼女のお薦めであれば依頼人にも案外合うものかもしれない。
「好きなのは『ナニワ金融道』ですかねえ」
マンガは読まないけどナニワ金融道は普通に読むのか。探偵はおのが常識を疑わざるをえなかった。
「債券とかそういうのも出てくるので、彼女にはこれを読んで金銭感覚を身につけてほしいです」
まあ、社員としての立場的には、そうか。
証言D
「うちの奥さんが好きなところで言うと……」
女性向けという判断はやはりはたらくものだ。
「水野純子」
端的に言ってエログロ可愛い系だが、女性向けとしてのその判断はどうか。
「ぜひ読んでトラウマにしてもらいたい」
依頼主に探偵はいささか同情した。
証言E
「えーと、『NANA』とか」
読んでないのに適当言わない。
「『11人いる!』とかどう?」
さっきの適当さとはうって変わって、『ガラスの仮面』からの正統な流れ、かつ方向性も広げるという、意外に優れた指摘ではないだろうか。
「じゃあ諸星大二郎の『西遊妖猿伝』とか」
じゃあ、ってなんだ。今回そういうのを求めているわけじゃないから。初心者向けを望んでるから。
証言F
「昔ばあちゃんが買い物に行った時、ついでに買う物はないかって聞かれたんで『マンガ本買ってきて』って頼んだんだけど……」
え、思い出話?
「買ってきたのが『漫画ボン』だったんだよね」
漫画ボン……とてもこの場からはリンクできないほどの濃厚な劇画エロス誌である。
そう、彼が頼んだのは「マンガ
「その時のばあちゃんの胸中を思うともう申し訳なくって……、というわけでオススメは『漫画ボン』です」
前後の事情はともかく、それはセクハラにあたらないだろうか。
証言G
「一般受けする感じじゃないんですが……『えの素』」
たしかに漫画初心者にとってはシュールすぎるきらいはあるだろう。
「もう1年くらいくり返し読み続けてますけど、飽きませんね」
そんなに!?
証言H
「初心者にオススメの……『AKIRA』とか」
うん、ない。
証言I
「マンガとか全然読まないんですよ……個人的に面白かったのは、最近だと『屍鬼』ですね」
こう言うのもなんだが、全然読まないタイプの人物によるチョイスではないと思う。
ちなみに依頼人はホラー系は完全にダメと言っていたのでこのアドバイスが聞き入られる可能性は限りなくゼロに近い。
証言J
「オススメといったら絶対に『ジョジョ』なんですけど!」
このように女子も大好き『ジョジョの奇妙な冒険』。だからと言って依頼人に合うのかというと探偵はいささかためらいを覚える。あえてすすめるなら第四部だろうか。
「あ、『聖☆おにいさん』なんか合ってるんじゃないですか。ガラスの仮面が好きなら、『怪盗アマリリス』なんかもいいかも。」
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別人のようにかなり実用的なアドバイスだ。
「でも一番のオススメは『ジョジョ』」
そこは絶対に捨てられないのか。
証言K
「まちがいなく読まないだろうけど、『ファイブスター物語』は面白いですよ」
すでにもう趣旨が変わってきているようだが、あれを読みきったら何でも読めるようになる気は実際する。
- 依頼人はたぶん多くのうらみを買っているに違いない
- 普段マンガを読まない人にかぎって意外な物を読んでいる
- 最初に出てきたのが『硬派銀次郎』だった時から何かが狂い始めたのかもしれない