私は探偵である。
本名は探田偵介48歳、フルムーン夫婦グリーンパスの利用期間にとまどっている。気さくに探偵と呼んでほしい。
先日、映画『ターミネーター4』が先行公開されたことは記憶に新しい。
ファンも多い名作シリーズだけにオフィスで話題になることもあるようだが、そんな中、探偵はとあるスタッフ(プライバシーに配慮し、これ以上の情報は書きかねる)から直接調査の依頼を受けた。
『ターミネーター』のテーマ曲を文字にするとどんな感じ?
これほどどうでもいい調査もない気がするが、これまでもそんな感じではあったので気にしないでおく。探偵の仕事とは小説や映画と違い、地味なものなのだ。
各人の主観にノイズが混じらないよう、探偵は主に筆談によって秘密裏にスタッフの考えを調査した。
『ターミネーター』シリーズのテーマ曲は、作品ごとにアレンジが加えられているが、基本旋律は同じである。特に有名なのはバラエティ番組などでしばしば引用されるシリーズ2作目のテーマ曲だろうか。
これに一番近かったと思われる記述から見ていただこう。
証言A
《ダダンダンダダン、ダダンダンダダン、テラリ~ラ~ラ~ラ~、テラリ~ラ~リ~ラァ~♪》
カタカナにした時点で色々な物が失われた気はするが、そのカタカナ表記のばらつきを統計的に調べるのが今回の調査の主眼だ。
記述自体は、おおむね正解と言えるだろう。探偵は心のどこかで演歌歌手段田団の名を思い出したが、これは余談になる。
証言B
《ズドン・ドンドドン ズズン・ドドドドン (ここまでで1フレーズ)》
探偵はどこかに違和感を憶えたが、それに明確な形を与えることはできなかった。あるいは「ここまでで1フレーズ」という言葉がいたずらに幻惑させる効果を持っていたのだろうか。
この時もっと早く気付いていれば、その後の事件を未然に防げたかもしれない。
証言C
《ジャ ジャッ ジャ ジャーン ×2》
証言者はテレビで『1』しか観たことがないことが明らかになっている。
しかし1音か2音ほど抜けているのは、そのせいばかりではないだろう。
証言D
《キンニクビ》
これは暗号を秘めた重要なダイイングメッセージかと思ったが、単に「『ターミネーター』のテーマをカナで書く」ということにこだわった結果、本当にターミネーターの主題をカタカナで書いてしまったらしい。ディスコミュニケーションを逆手にとったトリックだった(トリック?)。
気を取り直して、普通にテーマ曲を書いてもらった結果はこうなる。
《ダダン ダンダダン》
ここまでの調査で、比較的「ダン」という音で書く者が多いことに気付いただろうか。
あの迫力あふれるサウンドをどう表現するかは好みが分かれるところだが、「ダン」派優勢といったところか。しかし、同じ「ダン」系でも次の表現はどう解釈すべきだろうか。
証言E
《ダダダンッ ×3》
確実に間違っていることは分かる。
「よくターミネーターをパロディにしたマンガで、こういう擬音ならない?」
というが、果たしてそういうものだろうか。
証言F
《デデンデンデデン デデンデンデデン》
探偵の脳裏をよぎったのは、きざ男を皮肉った芸風のコメディアンとしてデビューし現在は俳優としても名高いでんでんの顔だったが、本人は若手芸人コンビはんにゃのネタ「ずくだんずんぶんぐん」が頭にちらついて困ったという。むろん記述としては正解だった。
『ターミネーター』シリーズを1作も観たことのない人間なのに、どうしたことだろうか。
証言G
《デンデデンデン》惨状、と呼ぶべきだろう。さしもの探偵もこの様子には眉をひそめた。 最大の問題はこれが『4』の先行上映を観たばかりの人間ということだろう。
証言H
《チャーチャーチャー チャッチャラー チャチャラ~♪》
どうしても思い出せずに、苦悩の末書いたのがこれだ。
言われるまで分からなかったが、『スター・ウォーズ』の「皇帝のテーマ」や「ダース・ベイダーのテーマ / インペリアル・マーチ」等で知られる有名なフレーズだったそうだ。その意味では間違ってはいないのかもしれない。もはや探偵は「あのフレーズをカタカナ化した時のブレ」という本来の目的を見失いつつあった。
証拠物件A
これは証言集めに使われたメモパッドに書かれたスケッチだが、「『ターミネーター1』のハイライトシーン」らしい。おそらく開始数分後、テレビ放送版だと思われるが、分かりたくもなかった。
証言I
《チャラッチャッ チャラ! チャラッチャッチャラ! チャララ~ チャ~ ラ~ ラ~》
たぶん間違ってはいないのだが、これを正解と認められるほど軽いストーリーではなかったはずだ。
- 「ダダンダンダダン」がおそらく比較的正しい
- おおむねメロディパートのことは忘れられる傾向にある
- 人間の記憶はかなりいいかげんなものである