前編のあらすじ:
8×8ドット(実質7×8ドット)。1986年に発表された幻の公開フォント「関野フォント1号」。
もしかして関野フォントの遺伝子はエニックス作品に息づいているのでは? その疑問をはらすべく、僕は当時のエニックスのゲームのひらがなフォントと片っぱしから比較してみることにしたのである。
とりあえず『ドラゴンクエスト』には関係ないことはわかった。次はパソコンゲームだ。仕事をおろそかにしつつこんなに意味のない検証作業をしているのはいま世界でも僕ぐらいのものだろう。
■ 検証・関野フォントはいずこに
最初はロボットアニメ調の表現が斬新だったRPG『地球戦士ライーザ』。あ、これは「き」の字が特徴的だからすぐわかる。
「き」の字はドットの視点で見ると実は「タテに長い文字」だ。
「き」をばらばらに分解すると、「┴」の下にもうひとつ「┴」、その下には「┘」、最後は「└」で締めるという形だ。「┴」をドットで表現するのには最低タテ2列必要だし、「┘」も「└」も同じくタテ2列。これを単純に足すと縦8ドットになってしまいキツキツになる。しかも最後の逆「つ」の字をキレイに丸めて表現しようとすれば4ドットはほしくなるからアシが出て9ドットだ。
これをどうやって8〜7ドットにするか個性の出るところだけど、関野フォントでは「き」のお尻を丸めずに1ドット稼いでいる。
一方『地球戦士ライーザ』の「き」の字はアタマを飛び出させずに省略して、お尻を丸めるドットを稼いでいる。もっとも他のフォントが縦7ドットなのに「き」だけ縦8ドットで妙に浮いちゃってるのがご愛敬だ。
ハイ、これで関野フォントとの関わりは消えた。
次はドラクエでおなじみ堀井雄二氏の傑作AVG『軽井沢誘拐案内』。
「う」の字の最初の点を傾けるかどうか、「た」の字の最後のはらいをカーブとして扱うか、細かい差異もあるが、いきなり目に入ってくるのは「そ」の字だ。関野フォントのように書き出しをVの字型に処理するか、それとも「フ」の字のように1画としてしまうか。後者の方がシンプルでドットは稼げるが、線の折り返しが多くなって文字全体のバランスをとるのが難しい。『軽井沢誘拐案内』で使われているのは後者だ。また違うフォントだった。
では原作ものに当たりなしの常識を覆した名作『ウイングマン』はどうか。
お、これは意外と雰囲気が近いぞ。もしかしてヒットか? 『ウイングマン』の開発チーム・TAMTAMと関野ひかる氏の間に深いつながりが?
と思ったのもつかの間、「ん」の字の最後をハネるか、「し」の字のはらいをナナメに飛ばすか、やっぱり細かい点でいろいろ違いが見えてきてしまった。これもダメか。というかこのフォント、こうしてしげしげよく見るとサイズが規格外だなあ。関野フォントかどうか以前にサイズが違うよ。……というこのなにげない感想が後々重要な意味を持ってくるのだが、それはまだ後の話である。
けっきょく関野フォントとエニックス社の各ゲームとの関係はあんまりないという結論になってしまった。さんざん検証して結果は空しいかぎりだが、研究なんてこんなものさ。……いや、ちょっと待てよ。当時のエニックス社はソフトを内製せずに、フリーの開発チームに任せるという形をとっていたはずだ。開発陣が違えばフォントもそれぞれ違うかもしれないが、じゃあ開発者が同じだとどうなる?
■ ドラクエフォントの歴史
ファミコンソフト箱をあさって出したのは『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』。
前回見たドラクエ1の名前入力画面をデジカメで撮影して、今度はドラクエ2の名前入力画面と比較してみる。うん、間違いなくドラクエ1と2は同じ書体だ。そりゃ同じチュンソフトで作ったゲームだからそうだろう。
じゃあ、これはどうだ? 次に箱から出したのは『ポートピア連続殺人事件』ファミコン版。パソコン版はカタカナオンリーだったけど、ファミコン版はひらがなフォントを使っているこのゲーム、そのフォントは果たして……!?
やっぱりそうだ。同じチュンソフト製だけあって、フォントがそっくりだ。つまり巷間「ドラクエフォント」として認識されている書体はむしろ「チュンソフト体」とでも呼ぶべきものだったということか。
うん、『ポートピア』の字もドラクエフォントで特徴的な「か」の字のハネや「さ」の字のハライ、「や」の巻き込みがぴったり一致している。おお、なんだか筆跡鑑定家になったような気分で面白くなってきたぞ。
ほほう、ポートピア時代にまだ不自然だった「ふ」や「ま」はドラクエ1になって微妙にアップデートされてるな。あ、ドラクエ2になって「よ」の字のヨコ線の位置が変わってる。おおおいまの僕ならフォントを見ればチュンソフト製ゲームの年代鑑定ができそうだ。できてどうする、とか聞くんじゃない。
ドラクエ3も4も変化はないな。5はどうだ? おっと、「ドラクエ5は漢字かな交じり文だから8×8ドットじゃないでしょ」などと言うのはどこの誰だね? スーファミといえどもコマンド入力には8×8ドットフォントが使われておるのだよ。ただいま教授っぽいしゃべり方を実践しております。
ドラクエ6もスーファミのリメイク版ドラクエ1・2・3も、8×8ドットフォントは全て共通のようである。さすがにハードがプレイステーションになると8×8ドットフォントを使わなくなるから別物といえよう。ゲームボーイ版は? む、困ったな僕はGB版を持っていないぞ。
Googleイメージで検索してみる。ううむ、僕の目がおかしくなりそうです。目がおかしくなりながら見てみたところ、どうやらチュンソフト体よりもタテにもう1ドット詰まっているようで、これは別物のフォントらしい。想像だけど、縦144ドットというゲームボーイの仕様上、1行隙間を空けるのがもったいなくて隙間のいらない新規フォントを作ったんじゃないんだろうか。
詳しく説明すると、この時期のパソコンやファミコンでは文字の基本単位は8×8ドットだ。だからといってフォントにタテ8ドット全部を使っていると、2行並べて書いた時に上下がくっついてしまう。そこでさっきのGB版ドラクエのように下1ドットに隙間をあけてやるか、もっとポピュラーな方法として1行おきに書くという手段を使うのだ。1行おきに書くと、濁点・半濁点を書くスペースも確保できるのが強みだ。たとえば「ぱ」と書くんじゃなく、「は」の上に「。」記号を書くというわけ。そもそも濁点入りのカナは狭い8×8ドットの中に書くのが難しいし、濁点・半濁点入りのカナ計25文字も容量を食うのは割に合わない。たかが25文字、されど当時の25文字といえば大きなグラフィックパターンだったのだ。
■ アスキーの系譜
ばらばらに見えたエニックス社のフォントも、実はポートピア・ドラクエのチュンソフト・ラインでは共通だったことがわかった。
なら、他のメーカーでも……と考えるのはおかしなことではあるまい。この時期に特徴的なのはアスキー(現アスキー・メディアワークス)の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』だ。ついでに言うならこれまたヒットメーカー堀井雄二作品でもありますね。
『オホーツク』には元祖パソコン版とそのリメイクであるファミコン版があるが、まずこの2つを比較してみると……なんだこれ、違うとかそういう問題じゃないぞ。
そうなのだ。パソコン版『オホーツク』のフォントはおかしい。8×9ドット使っているのだ!
なんで? 意味あるの!? 8ドット単位で区切らないとプログラム上いろいろムダが生じない!? この画面によれば、行と行の間の間隔は3ドット。なんて変則的な表示システムだ。たしかにさっき書いた「1行おきに書く」システムには、1画面にあんまりたくさん行数が書けないという欠点もある。かといって「フォントの下1ドットに隙間をあける」システムも、今度は行と行の間がギュウ詰めになってしまって目がチカチカするという弱点がある。その折衷案的な、きわめて大胆なシステムがこのパソコン版『オホーツク』の8×9ドット、ただし下3ドットは空けるという超変則的なフォントなのだろう。
これには意表を突かれた。比較的グラフィックに柔軟なパソコンでしか無理だよ、これ。それが証拠にファミコン版『オホーツク』ではきわめてオーソドックスな、8×8ドット(実質的には7×8ドット)フォントで1行おきシステムが採用されている。
その後にアスキー社から発売された『いただきストリート 私のお店によってって』ではフォントを根本的に見直して8×8ドット・事実上7×7ドット、のコンパクトなフォントになっている。ボードゲームの性質上1行おきに書く余裕がないこともあるだろうから、こういうフォントなのだろう。
結局アスキーのゲームには同じフォントが全然ないじゃないかって? いやいやここからですよ。同社のファミコン版『ウィザードリィ』シリーズでは『いただきストリート』とほぼ同じフォントが使われているのだ。
ちょっと面白いのは、有名な話だがFC版ウィザードリィの開発はゲームスタジオだ。『いたスト』とは違うスタッフだったろうに、フォントが統一されていることになる。つまりアスキー社の中でひらがなフォントがシェアされていたということで、あーそういえば僕がフォントの系譜を調べだしたのもそもそもこういうことを探していたんだっけ。ところが奇妙なことに同じアスキー社でも『覇邪の封印』なんかは別のフォントを使っていて、どうもこのあたりまだまだ謎が多いのだ。僕より真面目な研究者の人の研究発表を待ちたい。ひとまかせですよもちろん。
■ 謎の書体の発見
同じ開発グループの中で同じフォント、同じ販売元の中で同じフォント、2つのパターンが見えてきたわけだけど、実はさらに大きな発見がここまでの調査で明らかになっていたのだった。ごめんなさい、劇的効果を狙っていままで黙ってました。
それは『ウイングマン』のフォントをルーペでじっと見ていた時のこと。どうも違和感がある。「き」の字がおかしい。……いやこれ絶対変だよ!
この原稿のはじめの方で「き」の字がドット食いのやっかい者であることはすでに書いた。ところがこの『ウイングマン』のフォント、十文字もお尻の丸めも破綻なく書いてあるのだ。ばかな。8×8ドットでは物理的に不可能なはずだ。と、思ってよく見ればこれは8×9ドットフォント!
さっきも見たよね、この異形のフォント。そう、アスキー社の『オホーツクに消ゆ』と同じフォントサイズなのだ。最初に『ウイングマン』を調べた時はヘンなフォントサイズだなあと思っていただけだったけど、『オホーツク』でこの共通項に気がついた。よくよく見れば文字の特徴まで同じ、どうやら同一のフォントらしい。
しかし、なぜ!? 違うメーカーで、開発元も別なのに……。
ところがここにもう1つ。『軽井沢誘拐案内』も、実は同じ8×9ドットフォントだったのだ! うん、これは僕がしばらく気付かないでいました。もしかして『オホーツク』が特殊なフォントなら同じ堀井雄二作品の『軽井沢』も……と思って調べてみたらこれがビンゴ。
整理してみよう。
『ウイングマン』(エニックス販売・TAMTAM開発)と『オホーツクに消ゆ』(アスキー販売・堀井雄二企画・ログインソフト開発)はほぼ同時期の1984年冬発売(延期等の事情で当時の雑誌を調べてみても情報が錯綜するばかりで、はっきり何月と言い切れないのがもどかしい)。『軽井沢誘拐案内』(エニックス販売・堀井雄二企画)はもっと遅れて1985年夏。
つまり……ウイングマン体あるいはオホーツク体というべきフォントが、同時期にTAMTAMと堀井雄二氏の間でシェアされていたことになる。2者がどういう関わり合いなのかはちょっと僕も知らないのだけど、もともと堀井氏は『オホーツク』以前にエニックス社から『ポートピア連続殺人事件』を出していたので、エニックスつながりの知己だったのかもしれない。
その後、今度はエニックス社から堀井氏は『軽井沢誘拐案内』を、チームTAMTAMは『ウイングマン2』を、やっぱり同じフォントで発表している。メーカーを越えて作り手の間でシェアされていたフォントが、いつの間にか同じメーカーのソフトに使われていたというのもなかなか変わった来歴だろう。
ところでこの開発チームTAMTAM。処女作『ウイングマン』が有名だが、その後も様々な有名ソフト開発に関わっているのは知る人ぞ知るところ。
そこでちょっと調べてみると、なんと『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』のグラフィック・アシストには「TAMTAM」の名が! そう、ここに堀井雄二・TAMTAMがふたたび邂逅しているのだ!
なんという運命のいたずらだろう。いや最初から知った仲なら、そういう問題でもないか、そういえば。
ちなみにこのドラクエ7、例のドラクエフォントを使わなくなったシリーズ初の作品というわけで、その作品でかつてフォントをシェアした2者が交わるということこそ奇縁と言えるかもね。
そろそろ字数も尽きてきた。
今回のエニックス(現スクウェア・エニックス)のフォント以外にも、スクウェア(現スクウェア・エニックス……ああややこしい)の『アルファ』とファミコン版『ファイナルファンタジー』の共通項や、その後のFFひらがなフォントの展開とか調べてみたいことはいろいろあるが、目がこれ以上悪くならないうちに幕としよう。
最後にひとつトリビアを。
これまで何度か書いたとおり8×8ドットのドラクエフォントでは、濁点は本文の上のもう1行を使って書くのがルールだ。ところがFC版ドラクエ2にかぎって、コマンド欄の「じゅもん」の「じ」の字だけはなぜか最初から濁点のついた1文字の「じ」になっているのだ。
メッセージ中の「じ」はおなじみの「し」の上に濁点だけど、コマンド欄の「じ」だけは専用の「じ」。もちろんコマンド欄の「じゅもん」の上に濁点を置くだけの空きスペースは十分ある。なのになぜかここだけ「じ」。続編ドラクエ3以降ではまた元に戻って「し」の上に濁点。
どうしてドラクエ2のコマンド欄にかぎって特別扱いがおきたのか、僕にはさっぱりわからない。
いやはや、調べれば調べるほどに謎は深まりますね。