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ブリスター・ジョンの『あの頃8ビット・マシンと』

8ビット・マシンが世界のすべてだったあの時代。若者驚愕、中年感涙! 天下御免のオールドゲーマー、ブリスター・ジョン(日本人)による回想録。

ひらがな史研究序説(前編)

 あの頃パソコンがデフォルトで備えていたフォントは英字・数字・カタカナと、各機種間でまったく統一のとれていない記号だけで、ひらがなはごく一部の限られた機種にしか表示できなかった。
 ゲームの進化につれてひらがなフォントをプログラム側で用意して表示するようになるのだけど、このフォントについて昔から心にひっかかっていた疑問がある。ひっかかってはいたものの検証するための資料が見つからずにどうにもならなくなっていた疑問だ。
 ところがこの間の『ログイン』休刊記念特集で偶然にもその資料が見つかったので、この機会に長年の疑問にかたをつけようっていうわけ。話はパソコンからファミコンにつながり、ちょっとした意外な発見まで至る予定だが、このコラムのことだから真面目な研究にはなりません(そういうのを期待して検索してきた人はごめんね)。

 とにかく話は大半のパソコンにひらがなフォントが無かった時代、1986年春ごろ。やけに年代が具体的なのは後々の伏線だから憶えておくように。

■ ひらがなへの渇望の時代

 ひらがなフォントがない時、あなたには3つの手段がある。
 ひとつは、多少のかっこ悪さを無視して素直にカタカナでメッセージを書くこと。別にどのソフトでもやっていることなんだから、そうおかしな話ではない。この時代をざっと見まわしてみてもあのビジュアル表現で有名なスクウェア(現スクウェア・エニックス)の『WILL』でさえカタカナメッセージだ。
 もうひとつの方法は、あえて日本語メッセージを表示しないことだ。アドベンチャーゲームとかじゃないかぎり意外と日本語はなくてもなんとかなる。『ザナドゥ』なんかは思い切って全メッセージ英語で、その分英語フォントを凝ったオリジナルの書体にしていた(ならひらがなフォントも作ればいいじゃん50文字の手間なんだから、と言いたくなるかもしれないが問題は手間ではなく、この時代のギリギリなVRAM容量で50種もの文字を常駐させるのは危険な賭けだったのだ。たしかそうだ)。
 では3つ目の手段。オプションの漢字/ひらがなフォントROMからデータを読み込んで、ソフト内にひらがなフォントを定義する。オプションのROMがなくてもひらがなデータを表示できる荒技である。あれ、最初に方法が3つあるとか言ったけど4つになっちゃったな。まあいい。アドベンチャーゲームでも『アリオン』なんかはこのタイプで、残念ながら当時の貧弱な640×200ドットという縦長ドットのせいで16×16ドットフォントがものすごく縦長な文字に見えるのが泣きどころ。後に「フォントデータの奇数行と偶数行を比較して、より重要なドットを抽出して1行ずつ自然に間引く」という画期的なアルゴリズムが開発されて、『ウィザードリィ』シリーズで有名な16×8ドットという変態的な漢字/ひらがなフォントが生まれたりもするんだけど、今回の話とはあまり関係ない。(なお、画面イメージのリンクは今回も「Oh! FM-7」様にいろいろお世話になっております)

 ここに来るまでにやたら時間がかかってしまった気がするが、最後の手段が独自にひらがなフォントを作って表示する、これである。
 奇妙なほどに同時多発的にひらがなフォントが流行した時期というのがあって、それが1985年。
 グラフィカルなゲームがとかくもてはやされた頃でもあって、自然な時代の要請としていまどきカタカナメッセージでもあるまい、というムードがあったのかもしれない。実際問題、カタカナオンリーよりひらがな・カタカナ混合文の方がはるかに読みやすいしね。そんなわけで各メーカーがこぞってひらがなフォントを独自に開発してソフトに埋め込んでいた。
 ただこのひらがなというのが意外とクセモノで、実際に作ってみるとわかると思うけど「8×8ドットで見やすくきれいでクセのないフォント」というのがなかなか難しいのだ。
 つい明朝体にしちゃうという根本的な失敗はさておき、たとえば「ぬ」のような入り組んだ字はどうやって書く? 逆に「し」のような単純な字でも今度は「ぬ」ととなり合ったときにスカスカでバランスが悪くなりはしないか? 「く」が単純に「<(不等号記号)」のようになっては見苦しいのではないのか?(そういえばMSXのデフォルトフォントの「く」と「へ」は今も語り継がれる大失敗例だね) しかも文字どうしがくっつかないように右端1列はドットの空白を残しておかなければいけない、もちろん2行にわたって書くなら下端1列も空白にするから実質7×7ドットになる、とまあけっこうな難物だ。
 ざっと見まわすと『夢幻の心臓II』『ハイドライドII』『リグラス』あたり、このへんの試行錯誤の工夫の跡がありありと見える読みやすいような読みづらいようなフォントで面白い。『リザード』なんていうとんでもない異形のフォントもあったね。

■ 関野フォントはどこへ消えた?

 ずいぶん前置きが長くなってしまったけど、いつものことだから気にしない。
 問題は「関野フォント」、そしてエニックス(現スクウェア・エニックス)のことだ。
 当時エニックス社のソフトはこと「ひらがな」の表現で突出していた。『地球戦士ライーザ』『軽井沢誘拐案内』『ウイングマン』『TOKYOナンパストリート』……どれもが非常にキレイなひらがなフォントを実現していたのだ。

 そこで僕がずっと気になっていたのがパソコン雑誌『ログイン』の「ゲームメイキング相談室」という記事。
 この記事中で、件の『TOKYOナンパストリート』作者の関野ひかる氏が自作の「関野フォント1号」というフォントを公開しているのだ。8×8ドット(厳密には横にスキマをあけているから7×8ドット)の非常に読みやすいこのフォントの使用条件は「関野フォント1号を使用しました」という1文を入れることのみ。限りなくフリーに近いフォントだ。
 つまり、この非常に使い勝手のいい関野フォント1号、これがエニックス社のスタンダードになったのではないか? エニックス社といえばこの後1986年5月には初代『ドラゴンクエスト』も発売している。よもや、あの有名なドラクエのひらがな書体も元は関野フォントだったのでは? あるいはこれはゲーム界のミッシング・リンクを埋める大発見につながるのじゃないか? どうしよう僕が歴史の証人になってしまう。チヤホヤされたらどうしようむははは。
 ……と、思っても今までは肝心の関野フォントがどの号に載っているかわからなくてずっとモヤモヤしていたのだ。ところがこの間自宅の『ログイン』バックナンバーをひっくり返した時にたまたま見つけた1986年4月号。はい、ここでやっとコラムの最初の伏線が生きてきますよ。たいした伏線でもありませんでしたよ。もうちょっと盛り上がるかと思って伏線を張っておいたんだけど、そうでもなかったみたいだ。

■ 検証作業にモニタとルーペは必需品

 まずはこの関野フォント1号、記事ではディスプレイに表示される通りには載ってない(ドットデータとして公開するのが目的だからね)ので、とりあえずパソコンでカチカチとドットを打ってグラフィックデータの形にする。このデータを利用したのが今回の挿絵兼壁紙だ。ちゃんと関野フォントのクレジットも載せてあるよ。
 これで比較用のグラフィックができたので、実際にも比較してみよう。一番手っ取り早いのはファミコン版のドラクエだ。なぜなら、ハードもソフトも手元にあるから。さっそくファミコンをパソコンの隣のテレビにつなぎ直して、ドラクエのカートリッジを入れてスイッチON。いやあ、ドラクエのオープニングマーチはFCのチープな音源でもかっこいいなあ。などと感慨にふけらずに、さっそく名前入力画面に。名前入力画面はひらがな50音が並んでいて比較しやすいからね。
 さて、まず最初の字「あ」は……って、いきなり違う書体だよ!
 「あ」の字は実はけっこう複雑なので、フォントの個性が出やすい字だ。関野フォントで特徴的なのは3画目のナナメ線が飛び出していること。ドラクエのフォントではこの飛び出しが省略されている。

 その他くらべてみるとあちこち違いがはっきりと分かり、関野フォント1号とドラクエのフォントとは完全な別物だと決定してしまった。のっけからのつまづきだ。本当はここで「ドラクエフォントのルーツ発見!」というアカデミックで感動的な展開になる予定だったんだけど。
 やはり功をあせってはいけない。ここは原点に戻って、エニックス社のひらがなフォントを検証していこう。
 悔しいことに僕は当時のPCをもう持っていないので、パソコン雑誌に載っている画面写真をルーペで見つつ検証することになる。今よりはるかに低解像度なので、そう難しい作業ではない。ないけど、ルーペとパソコン画面を目が行ったり来たりするのはけっこう目が疲れる。後から気がついたけど、関野フォントをプリントアウトして並べて見ればよかったのか。くそう、なんだったんだ僕の苦労はいったい。

 というところで字数も尽きてきたので今回はここまで。
 いよいよ次回後編、ルーペ片手にひらがなフォントの秘められた歴史にふれるのだ。いや本当に、ちょっと意外な展開も待ってるんだよ?

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