私は探偵である。
本名は探田偵介48歳、役所コントにありがちなシャツの腕に巻く黒いアレを愛用している。気さくに探偵と呼んでほしい。
読者諸君は音楽には堪能だろうか。探偵は探偵らしくジャズを愛好するが(ありがち)、音楽の嗜好は人物像を知る上でたやすく入手できる手がかりの一つだ。
そこで今回、探偵が依頼された調査はこれだ。
おすすめの泣ける曲は?
趣味と情動──犯人(なんの?)に近づくための第一歩となるかもしれない。
探偵は気軽に試聴できるようiTunesStoreリンクを貼りながら、スマイルブームのスタッフに聞き込みを開始した。
ちなみにこの手の話ではおなじみの、「なんとなく更新頻度が下がってきたと思ったら何か書けと言いつけられる人」ことすぎうらの証言も匿名で混じっている。どの証言がすぎうらのものか、犯人当てに興ずるのもいいだろう。
証言A
「泣ける歌……泣ける歌……。えーと、適当に言っていい?」
頭に浮かんだものを適当に言ったつもりが、深層心理でそう強く感じているということもある。これを聞き出すのも調査のテクニックのうちだ。
「演歌とかじゃない? ジェロ とか」
適当にもほどというものがある。
「だって演歌知らないし」
だから、じゃあ、言うな。
「……『火垂るの墓』のBGM とか。観たことはないんだけど」
じゃあ言うなというのに。
別に号泣した曲ということではなく、じんとくる歌詞があるとかメロディラインが感動的だとかそういう事で良いはずだ。
「あ! 感動的っていえばKokiaの『ありがとう 』」
なるほど名曲として知られる作品だ。いいかげん証言の正当性があやしい証人ではあるが。
「ほらよくかかってるよね、感動的なFlashとかで」
そっち経由かよ!
「いや、普通にちゃんと聴いてるから大丈夫。あの曲、聴いた人の10人中9人が恋人が死んじゃった歌だと感じると思うんだけど、本当は死んだペットのことを歌った曲らしいよ」
たしかにいらない情報まで入っている。
ブライアン・ハイランドが歌った『ビキニスタイルのお嬢さん 』も60年代当時はセクシーすぎるのではと問題になったが、実際は作詞家の幼い娘の歌だったという。歌詞に誤解はつきものなのだろう。
証言B
「おもしろみのない話ですけど……特にないですね」
なるほどおもしろみ要素がゼロだ。
探偵としてはここで引き下がるわけにはいかない。好きなバンドなどはないのだろうか。
「マキシマム ザ ホルモンとか好きですけど、『ぶっ生き返す!!』で泣けるかっていうと……」
たしかにそういうテイストの曲ではなさそうだが。
証言C
「あのー、友達とカラオケに行くとアニソン(アニメソング)をよく歌うんですが、もしかするとその中にあるのかもしれない」
ふむ、たとえば?
「よく聴いてないから、そこまでは……」
聴いてやれよ! 友達だろ!
証言D
「『ロッキーのテーマ 』とか……観てないんですけど」
こんなのばかりかこの連中は。
「断片的には観てるはずなんですよ、金曜の夜とかに」
探偵の推理では、おそらくそのとき画面ではロッキーが階段をハイテンションで登っていたかロッキーが傷だらけでエイドリアンを呼んでいた はずだ。
「あ、劇場版『ドラえもん』! どれもいいけど『のび太とアニマル惑星』が一番ですかね」
武田鉄矢 、か。
「あと劇場版『クレヨンしんちゃん』とかもいいんじゃないスか」
たいがい大ざっぱだな。
証言E
「ほぼ、無いんですけど……」
その例外的なところをお願いしたい。
「いまBSでやってるアニメの『蟲師』のオープニングの曲 」
この証人はふだんそういうのと無縁なのに、なぜこういうときにピンポイントでアニメが出てくるのだろうか。
「家で一緒に観ているから? あの曲、明るさの中に、ちょっと哀しげな爽やかさがあるんですよ」
分かりやすいような分かりづらいような評価だが、音楽誌の音楽評っぽい気もする。
証言F
「クラシックになるけど、ドビュッシーの《映像 第1集》から『水の反映』」
一気に聞き込みが高尚なムードになった。
「ピアソラの『ブエノスアイレスの四季 』も、泣けます」
断言だった。かつてなかった確固たる意志を探偵は感じた。現代音楽なので音楽的に共感がどの程度得られるかはこの際問題ではないだろう。
証言G
「個人的には、思い入れのあるRPGのエンディング曲とかは……泣ける気がします」
思い出とメロディの相乗効果といったところか。そこでゲームなのはIT企業として正しい気はする。
「『ロマンシング サ・ガ2 』なんかいいですよ。あと『ファイナルファンタジーIX 』とかも、曲がメインテーマのメロディにつながって、あそこ泣けますね」
「いいなあ、ゲームの話で広げられて」
あ、エンディングまでめったに到達しないタイプの人がいる。
証言H
「ああ、そういうのでいいなら『ドラゴンクエストIII 』のエンディング」
「じゃあ『ガンダーラ』の曲で」
さすがに食い付きがいいようだが、しかし『ガンダーラ』とはいよいよ古い。1987年のゲームだ。たしかに重鎮すぎやまこういち氏の作曲だったはずだが。
「あれは泣けるね、くやしさで」
そっち!?
「あのゲーム、自分がレベルアップするのと同時に敵がどんどん強くなっていってね……いつまでも勝てないのが悔しくてくやしくて、曲と一緒にくやしさが刻み込まれてさあ」
これもまた泣ける曲といえるのだろうか。
証言I
「ゲームのエンディングというと……」
いや、そういう趣旨ではない。
「そういえば、『ゼーガペイン』のオープニング とエンディング が泣ける。映像やそこまでのストーリーと込みでだけど」
やはり記憶と音楽がミックスされて感動に昇華する例は多いようだ。これが一般的な傾向なのか、単にスマイルブーム社員が偏っているのかはさらなる調査が必要だろう。
証言J
「あの……この流れだとすごく普通になっちゃうんですけど、クロマニヨンズの『エイトビート』」
……たしかに、なんだか、普通になっちゃったな。
「なんか、すいません」
いや本来の調査目的と合ってるはずではあるんだけど。
「サビが終わるまでの間に、3回は泣き所あるんですけどねえ」
そこまで!?
- 大半は案外「これは泣ける」という曲を持っていない
- 映像・ストーリーと関連付けて憶えている者が多い。特にゲームサウンドは大人気
- 聞き込みを終わった後で『誰も知らない泣ける曲』という番組があることを知ったが、無関係であることを強調しておく